2025/06/17

築古アパート、立ち退きはこう進める

築古アパート、立ち退きはこう進める―トラブルを避ける退去交渉・実務ノウハウ

入居者と揉めない・時間をかけない。建て替えや売却を見据えた第一歩
築30年以上のアパート、退去交渉はこう進める!建て替えや売却を考える前に避けて通れない「立ち退き」。入居者とのトラブルを避け、スムーズに進めるための具体的なステップと交渉術を、不動産の実務経験をもとにわかりやすく解説します。
「そろそろ建て替えたい」「売却したい」と思っても、築30年以上のアパートには“入居者の退去”という大きなハードルが立ちはだかります。
特に長年住んでいる高齢入居者や、契約更新を繰り返している入居者がいる場合、感情的な対立や法的な問題に発展するケースも少なくありません。
スムーズに退去してもらうためには、ただお願いするのではなく、法的根拠と実務的な配慮を組み合わせた戦略的な進め方が必要です。
本記事では、退去交渉に不安を感じている大家さんのために、トラブルを避けながら退去を成功させるためのノウハウを具体的にお伝えします。

退去方針を整理する-まずは“なぜ退去してほしいのか”を明確に

退去交渉を円滑に進めるには、大家側の「目的整理」が出発点。曖昧な理由では入居者に納得されず、交渉が長引く原因になります。

建て替え?売却?目的を明確にする

老朽化が進んでいるからといって、ただ「古いから出ていってほしい」では交渉は進みません。
建て替えを目的とするのか、売却を考えているのか、それとも自己使用にしたいのか――退去の「正当事由」を法的にも実務的にも説明できる形で整理しましょう。

複数世帯がいる場合はスケジュールを組む

2世帯、4世帯といった複数の入居者がいる場合、それぞれに個別対応するのではなく、退去のスケジュールを組んで全体計画として伝えることが重要です。
個別にバラバラな対応をすると、「自分だけ損している」と感じられ、感情的なトラブルの火種になります。

感情論ではなく、データや状況証拠をもとに話す

「このまま住まわせると修繕費がかさみ、建物の安全性にも関わる」など、実際の現況や収支悪化の数字を見せながら説明することが有効です。
第三者(不動産会社や施工会社)の点検報告書などがあると、さらに納得感が増します。

正当事由+誠意+代替案が鍵 入居者に“納得してもらう”退去交渉の基本

法的に退去を求めるには「正当事由」が必要ですが、それだけでは足りません。交渉を円滑に進めるためには、誠意ある説明と具体的な代替案の提示が不可欠です。

「出ていってください」だけでは通らない。正当事由が必要

退去を求めるには、借地借家法第28条が定める「正当事由」が必要です。

■ 借地借家法 第28条(建物賃貸借の更新拒絶等の要件)

建物の賃貸人が、契約の更新を拒絶し、又は契約の解除をするには、建物の使用の状況、建物の利用目的に対する必要性、賃貸人および賃借人の事情その他一切の事情を考慮して、正当の事由があると認められなければならない。
これは、大家側の「建替えの必要性」や「収益悪化」などの事情だけでなく、入居者側の「長年の居住実績」「生活拠点としての重要性」なども総合的に勘案して判断される、ということです。
つまり、「老朽化しているから」だけでは不十分で、説明資料や補償内容などの「協力的姿勢」も含めて交渉の正当性が問われます。

誠意ある説明と丁寧な対応が信頼を生む(判例にも影響)

退去交渉で誠意が評価された事例は多く存在します。
特に判例上は、「立退交渉において大家側が誠意を持って対応したかどうか」が、正当事由の成立を左右する要素の一つとされています。
● 例:東京地裁平成20年(ワ)第24795号
→ 建替えの必要性があったが、補償提示を行わず一方的な解約通知を送ったため、正当事由が不成立と判断された。
したがって、「退去の必要性」と「入居者への配慮」の両方をセットで提示することが、法的にも実務的にも有効です。

代替案や補償提案が交渉を円滑にする

立退料や補償金は、法律に明確な金額規定はありませんが、前述の借地借家法第28条の“その他一切の事情”に含まれます。
そのため、補償の有無・金額の妥当性は、「正当事由の補完要素」として強く機能します。
裁判例では、以下のような補償が加味され、正当事由が成立したと判断されるケースがあります。
● 家賃の6〜12ヶ月分相当の立退料
● 引越し費用や敷金の補填
● 転居先のあっせん
実務上は「立退料を含む条件付きで合意書を交わす」ことが一般的です。

引越し費用・立退料の相場と予算感 円満な退去には“納得できる補償”がカギ

「立ち退き=対価が必要」というのが現代の常識。金額設定や補償内容に正解はないが、実務上の相場と考え方を把握しておくことが交渉成功の第一歩です。

立退料の相場は「家賃6〜12ヶ月分」が一般的

立退料の額は、法律で明確に定められていませんが、過去の裁判例や実務慣行から「月額家賃の6〜12ヶ月分」が相場とされています。
たとえば、月5万円の入居者に対しては30〜60万円程度の支払いを想定することになります。
以下の要素によって金額は上下します
● 居住年数(長いほど高くなる傾向)
● 高齢者や生活困窮者かどうか
● 引越しの繁忙期(春先など)かどうか
● 転居先の賃料とのギャップ
金額だけでなく、「誠意ある提案」と「タイミング」も交渉に影響します。

引越し補助・原状回復免除などの「現物提案」も有効

金銭だけでなく、以下のような“お金以外の補償”も非常に効果的です:
●引越し業者の手配や紹介
●新居探しのサポート(提携不動産会社の紹介)
●退去時のクリーニング費・修繕費を免除
●敷金・礼金の補填(次の住居費の支援)
特に高齢入居者には、「手続きが面倒」「知り合いがいない」といった不安を解消する現物支援が有効です。
こうした配慮により、補償額が相場よりやや低くてもスムーズに合意に至るケースもあります。

補償金額の妥当性は“正当事由の補完”として評価される

補償の金額や内容は、借地借家法第28条に基づく「正当事由」の補完要素として、以下のように重要視されます。

裁判例の一例(東京地裁 平成17年(ワ)第27248号)

建物老朽化と建替えの必要性は認められたが、補償内容が極端に乏しく、社会通念上の妥当性を欠くとして、正当事由は否定された。
つまり、補償金の適正な提示は「退去の正当性の一部」であり、単なる“おまけ”ではありません。
「正当事由+補償+誠意」この3点セットで、合法的かつ円満な退去が成立します。

スムーズな退去のためには、全体計画を見据えた予算組みが重要

複数世帯の退去が必要な場合、「1世帯ずつ交渉し、金額がバラバラ」だと不公平感を生むため、退去補償に関する全体予算(例:物件全体で300万円など)をあらかじめ想定しておくとスムーズです。
また、建替え後の収益(利回り)や売却価格を踏まえた「回収可能な補償額」の設計を行うことも、資産戦略として大切です。

書面化とスケジュール管理 “口約束”はトラブルのもと

どんなに丁寧に交渉しても、最後に“証拠を残す”ことが退去交渉成功のカギ。書面での確認とスケジュール管理が、後々のトラブルを防ぎます。

必ず「退去合意書」を交わす

退去に合意した場合は、必ず書面(立退き合意書)を取り交わす必要があります。
口頭でのやり取りだけでは、後になって「そんな約束はしていない」と主張されるリスクがあるため、書面化が最大の防御策になります。

退去合意書に記載すべき基本項目

●退去日(○年○月○日までに)
●立退料または引越補助の金額と支払日
●引越後の精算条件(敷金精算・未払い家賃など)
●原状回復の範囲(免除する場合は明記)
●退去後の一切の債権債務を終了する旨
契約書作成にあたっては、内容証明郵便での送付や、署名押印+写し保管まで確実に行いましょう。

曖昧な日程はトラブルの原因

退去時期について「〇月中に出ていってくれれば…」という曖昧な表現は避けましょう。
予定通りに出ていかない場合、次の入居者対応・建替え工事などのスケジュールがすべて遅れる原因になります。
また、退去期日が近づいてから「やっぱり延期してほしい」と言われるのを防ぐために、定期的なフォローアップ(1ヶ月前・2週間前・直前確認など)も欠かせません。

「合意の証拠」は法的トラブルへの備えになる

裁判では、「誰が・いつ・何を合意したのか」を証明できるかが重要です。
書面がない場合、貸主が立退合意の事実を立証するのは極めて困難です。

実務上の活用例:

●合意書を交わしておけば、後日「退去条件に不満がある」と主張されても、裁判所で有効な証拠として機能
●書面で約束した金額や日付は、後に“履行請求”の根拠にもなる
このため、立退き交渉の際には、最低限の法的形式(署名・押印・2通作成・原本保管)を必ず整えることが求められます。

書式が不安なら専門家にチェックを

書面のフォーマットや文言に不安がある場合は、行政書士や不動産専門の司法書士・弁護士に書類確認を依頼するのも有効です。
また、法的効力を高めるには、公正証書化(公証人による認証)も選択肢になります。
費用は数万円程度かかりますが、法的トラブルのリスク回避には非常に有効です。

どうしても退去しない場合は 法的手続きを視野に入れる選択肢

誠意ある交渉を尽くしても、退去に応じてもらえない場合は「法的措置」も視野に入れる必要があります。段階的に対応すれば、最終的な解決へとつながります。

●STEP1:内容証明で正式な意思表示を行う

退去の意思を口頭で伝えたあとも進展がない場合は、内容証明郵便で正式な通知を出すことで、次のステップに移行できます。この段階では、以下のポイントを明記した書面が有効です:
●契約終了(更新拒絶または解除)の意思
●退去期限とその理由(建て替え・売却など)
●立退料の提示がある場合はその内容
内容証明は、後に裁判になった場合の重要な証拠になります。感情的に伝えるのではなく、法的手順の一環として冷静に通知しましょう。

●STEP2:簡易裁判所の調停で合意形成を図る

内容証明でも応じてもらえない場合は、「建物明渡等調停」の申立てが現実的な次の一手です。これは簡易裁判所を通じて、中立的な調停委員のもと、話し合いでの解決を図る手続きです。
●時間:約1〜3ヶ月程度
●費用:数千円〜1万円程度(手数料+郵送費)
調停で合意できれば、裁判よりも低コスト・短期間で退去の確約が得られることもあります。調停調書を得れば、万一再度もめた場合にも強力な証拠になります。

STEP3:最終手段としての訴訟(明渡請求)

交渉・内容証明・調停のすべてを経ても退去しない場合、建物明渡請求訴訟を地方裁判所に提起する必要があります。
この訴訟では、次のような判断材料が問われます:
●正当事由の有無(借地借家法第28条)
●退去交渉の過程・補償提案の内容
●入居者側の反論内容(長期居住や生活困難など)
裁判にかかる期間は6ヶ月〜1年程度、費用は弁護士費用を含め数十万円〜100万円超かかる場合もありますが、判決によって強制執行(強制退去)も可能になります。

法的措置を見越して交渉段階を記録・保管する

これらの法的手段に移る場合に備え、過去のやり取りの記録(メール・LINE・録音・合意書・面談記録)は非常に重要です。
また、補償提案の内容・交渉にかけた期間・入居者の返答なども時系列でまとめておくと、裁判で「誠実な対応をしていた」ことを証明する材料になります。

実例で学ぶ 退去交渉が「うまくいった場合」と「もめた場合」

退去交渉は、同じ建物・同じ目的でも進め方ひとつで結果が大きく変わります。ここでは成功例と失敗例を比較し、どこで差が出たのかを明らかにします。

● 成功事例:丁寧な交渉と補償で全員が納得して退去

名古屋市内で築40年の木造アパートを所有していたOさん。
建物の老朽化が進んだため建て替えを決意し、6世帯のうち4世帯が高齢者という状況で退去交渉を開始しました。
最初に専門家の診断書をもとに「安全性の問題」と「建て替えの必要性」を説明。
さらに、全世帯に家賃8ヶ月分の立退料と、引越先の物件紹介、不動産会社からの同行内見サービスまで提供。
結果、わずか2ヶ月で6世帯全員が合意退去。
Oさんは「信頼関係を崩さないように心がけた」と語り、建築スケジュールも予定通り進行。建替え後は利回りが約1.5倍に改善しました。

● 失敗事例:一方的な通告で訴訟に発展、予定が1年以上遅延

三重県の郊外にある築35年の2階建アパートを所有するSさん。
老朽化を理由に退去を求め、内容証明で一方的に契約解除通知を送付。
立退料の提示もなく、入居者と面会せずに進めた結果、1世帯が「不当な通知だ」と弁護士を通じて反発。
調停では不成立に終わり、訴訟に発展。
訴訟期間は9ヶ月、さらに判決確定からの強制執行に約3ヶ月を要し、建替えスケジュールは大幅に遅延。
さらに、物価高騰の影響で建築費が当初よりも約400万円増加する事態に。
Sさんは「もっと話し合っておけばよかった」と反省を口にしています。

● どこが明暗を分けたのか?

比較項目 成功例(Oさん) 失敗例(Sさん)
退去理由の説明 現地で丁寧に説明+診断書添付 内容証明で一方的に通知
補償内容 家賃8ヶ月分+不動産紹介 補償なし
コミュニケーション 全員と対面+相談 面会なし
スケジュール管理 合意後すぐに建築準備 1年以上遅延
トラブルの有無 なし(全員納得) 訴訟・強制執行に発展

まとめ:退去交渉は“準備8割”焦らず、でも確実に前へ

築30年以上のアパートを所有しているなら、いずれ向き合うことになる「退去」というテーマ。先送りすればするほど、トラブルや損失リスクは大きくなります。
老朽アパートの建て替えや売却を考える際、最初にして最大の関門が「入居者の退去交渉」です。
これは単なる契約解除ではなく、「信頼関係を損なわずに、入居者の生活に配慮しながら進める」高度なコミュニケーションと準備が求められます。ここでご紹介したように、スムーズな退去のためには次の5つの要素が欠かせません
1. 退去の目的と正当事由を明確にする
2. 誠意ある説明と補償内容の設計
3. 実務的な相場をふまえた補償の提示
4. 合意内容を確実に書面化・スケジュール化する
5. 万一のときの法的手段も想定しておくbr>
これらを備えたうえで動けば、たとえ時間がかかっても、後悔のない形で次の資産活用ステージへと進めることができます。

無料で退去計画を立てませんか?あなたの物件に合った診断レポートをお届けします

築30年以上の老朽アパートをお持ちで、将来の建て替え・売却・収益改善をお考えの方へ——
・立退き交渉にかかる期間・費用のシミュレーション
・入居者構成に応じた補償プランの例
・建替えや売却の実行タイミングのアドバイス
すべて無料でご提供いたします。まずはお気軽に【お問い合わせフォーム】からご連絡ください。